季節外れの暴風雨の翌日、知人より引き取りを頼まれ君と会ったね。生後3週間くらいの小さな雌犬ちゃん。私と妻は瞬間的に二つ返事で君と暮らそうと決めました。自宅に一緒に帰り、子供二人を交えて君の名前を決める、これまたほぼ子供二人が口裏を合わせていたかの如く決まったよね、その名は「ミュウ」。ポケモンが空前のブームだったし、愛らしいフォルムがどことなくキャラがかぶっていたよね。良い名前だ。
まさかここから16年半もの間、君と一緒に居られるとは想いもしなかったよ。過ぎて行く日々は平凡だったけど、お互いの存在が当たり前になっていき空気のような関係だったよね。でも今でも君との日々が昨日のことのように思い出せる私達だよ。毎日散歩に行ったけど君は本当に近所の雄犬にモテモテだったよね。ある男の子以外は君は威嚇して近づけなかったけど、翌日はまたみんな寄ってきていたよね。大きくなるに連れて君は、元捨て犬だとは思えないほど近所でも評判の、賢い美人に育ったよね。小さな人間の子にはとことん優しく家の中でも、仕事柄私が連れ帰った小さなハムスターを背に乗せ、お腹に抱き、愛してくれたよね。
その写真を見ると、私は今でも慈愛に満ちた君のことを思い出し、不覚にも泣いてしまうんだよ。優しい君の思い出は尽きないよ。
君とそんな素敵な日々を送りながら16年が過ぎた頃、君のお腹に異変が起きたよね。君の担当医だったあのおじいちゃん先生が、「年齢から来る腫瘍だね」って言ったよね。「痛がる素振りが無いのがせめてもの救いかな」ともね。君はガマンをしていたわけじゃあないよね。数日後、腫瘍を取る手術に君は挑んだわけだけど、数時間よく頑張ったよね。大きな塊を取ったけど、明らかに君の運動能力や体力は落ちたよね。
数ヶ月後また新しい腫瘍が見つかり同じように手術をしたけど、君はより運動ができなくなっていったよね。半年くらい前にうちに来たの保護猫の男の子とのじゃれ合いや、追いかけごっこもしんどそうだったし。追い打ちをかけるように君は極度の痴呆に襲われ一日中夜泣き、徘徊、粗相を繰り返すようになりましたね。そんなときにまたまた腫瘍ができちゃったけど、先生から、「今の状態と年齢を考えると本人が手術には耐えられないからよしましょう」と言われ、私達は君を看取る日が近いのだと感じました。そしてついに君は力尽きて虹の橋へと旅立ってしまったね、お母さんの顔を見ながら最後の呼吸をして静かに。 平成25年5月17日午前9時合掌 翌18日岡崎市圓福寺において荼毘に付し埋葬。今でも もう一度ミュウに会いたいよ いつかまた会おうね ミュウ 愛してるよ